雲にちょい足し写真

2年生 N.I、M.H

●雲に何かを足してみた

 Twitterに面白い投稿がありました。フォトグラファーのtomosaki(@photono_gen)さんによる「雲に何かを足してみた」という写真です。


 「かわいくありませんか??」って、かわいいに決まっとるわい!!


 こんなかわいい写真、私たちも撮ってみたい

 残暑は厳しいけど、とりあえず季節は秋。神戸の空には白い雲があっちこっちに漂っています。これだけ雲があれば何かに似た形のものもすぐに見つかりそう。

 よし、やってみよう!


 ……そうして始まった企画でしたが、難しかった想像の10倍くらい難しかった

 「私もちょい足し写真を撮りたい」と考えている人のために、実際にやってみると何がどう難しいのか説明していこうと思います。その上で、苦労の末に撮影した私たちのちょい足し写真も見てもらいましょう。


●ちょい足し写真 5つの難しさ

(1)どんな写真にするか、あらかじめ考えておく必要がある

 みなさんは空の雲を見て「あ、ごはんに似ている。そうだ、お茶碗をちょい足ししよう」といって、カバンからさっとお茶碗を取り出せるでしょうか。無理です。私のカバンにはお茶碗は入っていません。みなさんのカバンもそうでしょう。

 このようにちょい足し写真というのは、雲をながめて、気ままな思いつきで「ちょい」と作れるようなものではないのです。どんなちょい足し写真を撮るのか、あらかじめ完成形を自分の中で作っておき、その完成形に必要な小道具を常にカバンに持ち歩き、ぴったり合う形の雲はないか、常に空を見上げながら生活するという、地味にたいへんな作業なのです。


 とりあえずどんなちょい足し写真にするのか、ふたりで考えてみましたが、思いつく案はどれもぴったり合う形の雲を見つけるのが大変そうなものばかり。もうちょっと簡単にできて、しかもかわいいちょい足し案はないものか……。

 あれこれ考えてやっと思いついたのが、雲にスプレーの缶を組み合わせて「白いペンキのスプレーを吹いている写真」にする案。それなら雲の形をあまり限定しないので何とか撮れそう。でも、かわいい写真になるのかそれ? ペンキ吹いてるって、それどこの施工現場


(2)常に小道具を持ち歩く必要がある

 ともあれ小道具にスプレー缶を使うことは決まりました。ということは、毎日スプレー缶をカバンに忍ばせて学校に行くということです。昭和のスケ番みたいです。

 まあ、本当にペンキのスプレーを買ってしまうと後で始末に困るので、実際には消臭剤のスプレーを持ち歩くことにしました。とはいえ、写真に撮った時にペンキのスプレーに見えるようにするには、携帯用ではなく大型のスプレー缶である必要があります。結局ペット用の消臭スプレーを持ち歩くことになりました。事情を知らない人にカバンの中を見られたらドン引きされそうです。

 「動物用って……この人の体臭、どんだけ!?」


(3)低い雲が見える場所に行く必要がある

 完成図にぴったり合う形の雲が見つかっても、空の真上にあるとうまく撮影ができません。真上の雲に小道具を当てがってみても、逆光で黒くつぶれてしまうからです。小道具を持っている手も、真上に持ち上げるとなんだか不自然です。

 雲は、小道具を持った手を自然に前に伸ばしたその先あたり、つまりかなり低い空に浮いている必要があります。そしてその高さの空は、街中では建物にさえぎられてしまい、ほとんど見ることができません。これは実際にちょい足し写真を撮る段になって、はじめて気付いた難しさでした。


 でもこの点について、私たちはラッキーでした。秋学期になってからコロナ対策ということで1号館5階の屋上が開放されています。文字通り神戸の山の手にあるうちのキャンパスの屋上からは、視界をさえぎる建物はナッシング! 空が全て見渡せます。問題解決!


(4)秋の雲は難しい。夏の雲も難しい。

 雲は空の低い位置に出ている必要があるといいましたが、低ければいいというものでもありません。

 秋の空の場合、低い位置に見える雲というのは、空全体にうっすら広がった雲の、地平線のきわきわの部分です。つまりめっちゃ遠くにある雲です。遠くにあるので形は小さく、輪郭もかすんでいます。下の写真は1号館の屋上から撮った秋の雲ですが、なんか漠然としてますよね。これでは小道具と組み合わせても、うまくかたちになりません。


 逆に輪郭がはっきりした雲というと夏の入道雲です。この写真は、夏の終わりに近所の公園で撮ってきた入道雲です。

 輪郭のはっきりした雲が低い位置に出ています。ちょい足し写真を撮る絶好のチャンスに思えるでしょう。だけどうまくいかないんです。

 冒頭で引用したtomosakiさんの歯ブラシの写真をもう一度見てください。ちょい足し写真で使いやすいのは、こんな風に他から離れてぽつんとひとつ浮いている雲です。はぐれ雲っていうんでしょうか。対して入道雲は地面からモコモコ生えています。そのモコモコが小道具からはみ出してしまい、どうにも形を合わせにくいのです。

 tomosakiさんは、たとえ入道雲でも、このお茶碗の写真のように手と小道具で不要な雲を隠すというテクニックを使って、山盛りご飯を再現しています。お茶碗のカーブにうまく重ねて雲を隠しているの、わかるでしょうか? tomosakiさんがどれほど緻密なことをしているか、自分でちょい足し写真を撮ろうとしてはじめて気が付きました。

 ね? ちょい足し写真って難しいでしょ?


(5)逆光にならない方向に雲を探すのが難しい

 小道具を真上に持っていくと逆光で黒くつぶれてしまいますが、低い位置であっても、太陽の方向に小道具を差し出すとやはり薄暗くつぶれてしまい、かわいい写真にはなりません。解決法としては、逆光にならない方向にちょうどいい雲が出るのを待つ、ただひたすらにそれしかありません。


 学校にスプレー缶を持ってくるようになってしばらく経った10月某日。その日は、空を覆う雲にあちこち隙間が開いて青空が見えるような天気でした。隙間にできた青空には、本体からちぎれたはぐれ雲もたくさん漂っています。いける! 今日はいける!

 私たちは1号館の階段を駆け上がり、鉄の扉を蹴破るようにして屋上に出ました。スプレー缶を取り出し、よさげな雲に当てがっていきます。この雲は形がダメ。この雲は大きさがダメ。この雲はフェンスがかぶるのでダメ。この雲はぴったり! でも逆光になってしまうのでダメ!

 屋上には先客が何組かいましたが、スプレー缶を片手に難しい顔で歩き回る私たちをみて、一人残らず立ち去ってくれました。ちょい足し写真の撮影に最高の舞台が整ったところで、見つけた! この雲だ! パシャ!


●私たちのちょい足し作品

作品No.1 白いスプレーを吹いてみた

 どうでしょう? スプレーの塗料が広がらず、じょろじょろり~んとしょぼくれたアーチを描いているところがかわいさのポイントです

 ……え? ダメ? ちょい足し写真がどれだけ難しいか、これまでたっぷり説明してきたでしょう? それでもダメ?

 ……わかりました。アンチが常にいることは表現者のさだめ。私たちもこの一枚で終われるとは思っていません。はぐれ雲が多いこの瞬間を逃さないよう、他に何かちょい足しに使える小道具はないか、あわててカバンをひっかきまわしました。

「何かないか、何かないか……。これだ! ハイッ、写真おねがい!」

「ナイスちょい足しィィィ!」 パシャ!


 

作品No.2 使いかけの消しゴム

 使いかけの消しゴムの、少しとんがり気味に削れた丸み。あの独特のカーブを雲で完璧に再現した一枚です。はみ出す雲は小道具と手で隠すというtomosakiさんのテクニックも駆使しています。

 その場の思い付きで撮ったものですが、できあがった写真を見た時、私たちはそのリアリティにうちふるえました。まさしく神降臨。かわいいというより、もはや尊い一枚です。


●後日談

 こうして私たちのちょい足し写真チャレンジは成功に終わりました。しかし雲の形ばかり見ていた日々は、私たちの心と体を着実にむしばんでいたのです。

 たとえばメリケンパークに遊びに行った時。秋の空に浮かぶひつじ雲が……

 私たちにはどうしてもこう見えてしまうのです。

 そうして、餃子にちょい足しするお皿が手元にないことが、あるいはスヌーピーにちょい足しする首輪をカバンに入れてなかったことが、悔しくてたまらなくなってしまうのです。


「最近は壁のシミも人の顔に見えてくるわー」

「そうか」

「折れた矢とか壊れたよろいがあれば、ちょい足しして落ち武者にできるのに」

「まって。写真のジャンル変わってきてるよね?」



指導教員のコメント

雲にちょい足し写真、簡単そうに見えて、やってみると本当に難しいですね。

私も「豚まんをお皿に載せた写真」を撮ろうと皿を持って屋上で待機してみたのですが、いくら待ってもピザまんっぽい雲しか現れず、けっきょく断念しました。