子供が泣き止むCMのナゾ

●子供が泣き止むCM
タケモトピアノのCMは、ヘタすると日に4度も6度も見てしまうヘビロテCMである。ちなみに放送されているのはほぼ関西圏だけで、東京などではこのCMは知られてないらしい。「ピアノ売ってちょーだい」と言われたらそれに続く曲が脳内で勝手に再生され、終わったと思ったら今度は2番の曲が始まってしまうという現象に悩む人は多いと思うが、そのようなオートプレイ機能が実装されているのはわれわれ関西人の脳だけなのである。
タケモトピアノのCMについては、もうひとつ関西人だけが知っているふしぎな現象がある。どんなにギャン泣きしている赤ちゃんでも、テレビでこのCMが流れると、ぴたりと泣き止んでしまうというのである。
この現象は、2001年に関西ローカル番組『探偵ナイトスクープ』で放送されたことで、関西圏だけで広く知られることになった。
タケモトピアノも自社CMのこの効果を認めており、2013年には「泣く子も黙るCMソング」というふれこみでCD販売をしている。
しかし、子供が泣き止むのはタケモトピアノのCMだけではない。「うちの子はこのCMで泣き止んだ!」という発見が、子育て中の母たちによって、これまでにも数多く報告されてきた。
最近発見されたCMは、ロッテ「ふかふかかふかのうた」、ムーニー「ムーニーちゃんのおまじない」、スズキ「ソリオ5」、ヤクルト「ジョア」、ゼスプリ「ヘルシーは楽しもう」、ドコモ「はじめてのd払い」、日清「ピルクル400(クリティカルヒット編)」などなどである。
手が離せない過酷な子育ての現場でも流しっぱにできるよう、これらのCMを連続再生した動画もYouTubeには投稿されている。そのような動画の需要があるくらいに、これらのCMは実際に泣き止まし効果があるということである。
なぜこれらのCMは、子供を泣き止ますことができるのだろうか。
20年前に放送された「ナイトスクープ」では「歌っている財津一郎氏の声質が赤ちゃんの好む音域だから」という説明しかしていない。しかしその後発見された様々なタイプの「子どもが泣き止むCM」を考えると、ボーカルの声質だけですべてを説明するのは無理があるだろう。子供が泣き止むCMには、他にも様々な要素がかかわっているはずなのだ。
ここでは、泣き止まし効果があるといわれるCMから共通する要素を抜き出していくことで、その効果を生み出しているものは何なのか、謎を解き明かしてみたい。
●映像に共通する特徴
「子供が泣き止む」といわれるCMは、映像面では次のような特徴を持っていることが多いように思う:
登場人物……デフォルメされた二頭身のキャラクター。あるいは人間が出演する場合も、カラフルな衣装、あるいは派手なコスチュームや被り物など、現実感のないキャラ的な格好。
画面構成……普通のCMに比べ、頭から足までをぴったり画面に入れた全身ショットが多い印象。細かい表情をみせる顔のアップやバストショットは少ない。背景をみせるロングショットも少ない。
動作……人物やキャラクターが複数登場して、踊る場合はもちろん、走ったり転んだりする場合も、全員が動作をシンクロさせるものが多い。一人(一体)しか出てこないCMでも、とにかく大きくわかりやすい踊りや動作。
カット割……ロングカットで踊りを映し続けるものもあるし、逆に短いカットを次々に目まぐるしく切り替えていくものもある。前半がロングカットで後半が短いカットに変わるものもある。いずれにしてもちょっと変わった、目が離せないようなカット割になっている。
| CM | 登場人物 | 画面構成 | 動作 | カット割 |
|---|---|---|---|---|
| タケモト | コスチューム | 全身+ロング | 4人シンクロ | 長→短 |
| ふかふか | 二頭身キャラ | 全身 | 5体シンクロ | 長→短 |
| ムーニー | 二頭身キャラ | 全身 | 1体で大きく | 長→短 |
| ソリオ | コスチューム | 全身 | 5人シンクロ | 短 |
| ジョア | コスチューム | 全身 | 6人シンクロ | 短 |
| ゼスプリ | 二頭身キャラ | 全身 | 2体シンクロ | 短 |
| ドコモ | カラフル衣装 | 全身+アップ | 2体シンクロ | 長 |
人物の全身を写したショットの多用や、複数キャラクターが動作をシンクロさせたりする映像は、誰が何をしているのか、小さな子供でも見ればすぐわかるものになっている。加えて派手な衣装や頭の大きなキャラクターは子供の目を引くし、踊る人物を映し続けるロングカット、あるいは逆に目まぐるしく切り替わる短いカットは、いずれもついつい見入ってしまう映像になるだろう。
こうしてこれらのCMは、子供にとっては泣くのも忘れて見入ってしまう、すなわち「子供が泣き止む」CMになっているのではないだろうか。
車や電子マネーは大人をターゲットにした商品である。そのCMが小さな子供に対して泣き止む程の訴求力を持つことになってしまったのは、おそらく、よりわかりやすく、より目を引くCMを作ろうとした結果、それが上記した子供をひきつける要素とたまたま一致してしまったためだろう。
最近では出前館のCMである「Demae-canの歌」が子供が泣き止む曲だと話題になった。これもCMのターゲットは子供ではないが、わかりやすく、かつ目を引くCMを作るため「カラフルな衣装」「全身ショット」「大きく分かりやすい動作」などの要素を入れていった結果、泣き止まし効果が生まれてしまったということだろう。
いや、「子供が泣き止む」ということで話題になり、楽曲の配信も始まったことを考えると、ひょっとすると最初から泣き止まし効果をねらっていた作られていたのかもしれない。
●音楽に共通する特徴
今度はCMの音楽の面に注目してみたい:
| CM | テンポ | ボーカル |
|---|---|---|
| タケモト | 160 → 120 | おじさん+女性コーラス、ネコ |
| ふかふか | 110 → 220 | おじさん |
| ムーニー | 120 → 240 | 女性、SEを多用 |
| ソリオ | 120 | 男女コーラス |
| ジョア | 160 | 男性コーラス |
| ゼスプリ | 160 | 女性 |
| ドコモ | 160 | 女性+おじさん |
1. 早めのテンポ
曲のテンポは1分間の拍数(BPM=Beats Per Minute)で表わす。ミドルテンポの曲がBPM=120、スローテンポの曲がBPM=80~100、アップテンポの曲がBPM=140~160といった感じである。このツールを使って「子供が泣き止むCM」のテンポを人力で測定してみた。
「子供が泣き止む」というと落ち着いたスローテンポの曲を想像するが、実際には、表にまとめた通りBPM=160あたりのアップテンポの曲が多い。特に ロッテ「ふかふかかふかのうた」やムーニーの「ムーニーちゃんのおまじない」は、出だしはBPM=120あたりのミドルテンポだが、中盤で突然テンポが倍速のBPM=240にハネ上がることで、アップテンポを強調している。
タケモトピアノも、まずはミドルテンポ(BPM=120)の「みんなまあるく篇」が流れ、その後アップテンポ(BPM=160)の「もっともっと篇」がまず流れる。タケモトピアノのホームページによれば、こうしたテンポの変化が赤ちゃんを振り向かせる要素のひとつになっているのではないか、とのことであった。タケモトピアノのCMは必ず2つセットで放送されるが、そこにはそんな効果があったのだ。
2. ボーカルの声質
お母さんの声に似た女性ボーカルが多いかと思ったが、上の表にみる通り、実は「おじさん」ボーカルも健闘している。そういえば事の発端であるタケモトピアノのCMも、まさに財津一郎という「おじさん」ボーカルであった。
探偵ナイトスクープがタケモトピアノのCMを取り上げた時には「赤ちゃんは440Hz辺りの音を好む。だから財津一郎氏の声が効く」と説明していた。440Hzは、88鍵のピアノでいうと真ん中の「ラ」である。その辺りの音域は主旋律を取るにはやや低いが、その低めのボーカルラインが赤ちゃんには心地よいということなのだろうか。
そういえば最近、寝かしつけ界隈では、俳優の反町隆史氏が1998年に出した曲「ポイズン」が効く!と話題になっている。どんなにむずがる赤ちゃんでも、3~5ポイズン程でスヤ寝してくれるという。
この激しいロックがなぜ赤ちゃんを落ち着けるのか、様々な考察がネットにはあるが、たとえば「マイナビ子育て」は、反町氏の低い声質、特にサビの「言いたいことも言えないこんな世の中じゃ~、ポイズン!」の部分のフラットな響きを理由に挙げている。「ポイズン」は、低い声質を赤ちゃんが好むことの証拠なのかもしれない。
3.旋律につけた変化
ムーニーのCMソングは女性が子供っぽい高い声で歌っているが、同時に「ぽよ~ん」「カサカサカサ」といったユーモラスな音や、人の笑い声、唇をぷるるるると震わす音、「ムーニーちゃん」というセリフなど、様々なSEが重ねられている。それも伴奏の一部というより、ボーカルラインの休符部分を残さず埋めるようなタイミングで挿入される。そのためこのCMの主旋律は、歌手の歌だけではなく、さまざまな音が入れ替わり立ち代わり現れ、つながっていくものになっている。タケモトピアノのCMも同様に、財津氏の歌と女性コーラスが主旋律を交互にとっていく。最初と最後には猫も「にゃーん」と鳴いている。変化付けまくりである。
また、旋律につけた変化ということでいえば、タケモトピアノCMの「電話してちょおだ~い」の「ちょ↓お」や「もっともおっとタケモット」の「も↑おっと」の部分で聞かれるような音程のなめらかな上げ下げもある。ポルタメント唱法というようだ。
反町隆史氏の「ポイズン」も、イントロで出てくるギターリフが、低いミ→ファ#→ミの後、1オクターブ上のミをスライドアップ/スライドダウンでなめらかに弾くものになっている。赤ちゃんの反応を見ていると、反町氏のボーカルより、むしろこのリフの音程変化の方に聞き入っているのかもしれない。
4.リズム感のある言葉
CMソングでは、商品名の頭文字でリズムを取ることがある。たとえば「ピッピッピッピピ、ピルクル」とか「ディッディディディッディ、ディッディ払い」、「ジョッジョッジョ、ジョアジョア」「ふかかかっか、ふかかかふか、ふかー」のようなものである。
短いCMソングの中で商品名を強調し印象付けるための常套手段だが、子供たちにはことば遊びの一種として聞こえるだろう。しゃべったり歌ったりできるようになった子供ならマネしたくなるだろうし、まだしゃべれない子供でも聞き入ってしまうはずだ。
制作者の意図とは別に、こうしたリズム感の強調も、子供が聞き入り、泣き止む要素のひとつになっているように思う。
●まとめ
以上、子供が泣き止むCMについて、そこに共通する特徴を指摘してきた。
映像の面では、全身ショットを多用したり、複数キャラクターが動作をシンクロさせたりすることで、誰が何をしているのか、小さな子供でも見ればすぐわかるものになっている点が共通している。
またカラフルな衣装や頭の大きなキャラクターは子供の目を引くし、踊る人物を映し続けるロングカット、あるいは逆に目まぐるしく切り替わる短いカットは、いずれも子供がついつい見入ってしまう映像になるだろう。
音楽の面では、早めのテンポであることが多くのCMに共通している。ミドルテンポの曲もあるが、途中からアップテンポに代わることで、よりテンポの速さを強調するCMすらある。
ボーカルの声質は低めの方が良いようだが、それよりも主旋律を取るボーカルラインに、いろいろなSEを入れたり、音程をなめらかに上下させたりして変化を付ける方が、より子供の関心を引くようである。また、商品名の頭文字を使った言葉遊びのような歌詞も、子供の関心を引くようである。
こうした特徴を、意図的にであれ、たまたまであれ満たしてしまったCMが、子供がついつい見入ってしまうCM、つまり泣き止んでしまうCMになるのだろう。
「子供が泣き止むCM」をめぐるネット投稿の多さには、核家族化した現代日本の家庭で、日中、ひとりで子育てと家事をこなさねばならない女性の姿が見えてくる。ぐずる子供を気にしながら家事をする中、子供の泣き声を止めてくれるCMは子育ての強力な武器である。またその武器を互いに教えあうことで、ネット上には子育て女性たちの強固なネットワークができあがっていくのである。
探偵ナイトスクープ「タケモトピアノCMの謎」(2001.11.30 放送)
ロッテ「ふかふかかふかのうた」
ムーニー「ムーニーちゃんのおまじない」
スズキ「ソリオ5」
ヤクルト「ジョア」
ゼスプリ「ヘルシーは楽しもう」
ドコモ「はじめてのd払い」
出前館「Demae-canの歌」
「ポイズン」で寝る赤ちゃん(27秒から)
日清「ピルクル400」(クリティカルヒット編)
指導教員のコメント
私の時代の子守歌は「ね~んねんころりよ、おころりよ~」でした。子供心に「おころりって何だろう」とか思っていたものです。
50年後くらいの世界では、子守歌も「みんなまーるくタケモトピアノ」とか「いいたいこともいえないこんな世の中じゃー、ポイズン!」とかに変わっているかもしれません。そしてその時代の子供たちは、子供心に「タケモトピアノって何だろう」「ポイズンって何だろう」とか思っているかもしれません。